澤俳句会web

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8月号/小澤實十五句

  • 終 日 福島巡礼二

    他の船揚げし鱸をほめて漁師たり

    籠四つに満ちホッキ貝台車に押す

    漁港に売らず食べずの生簀猫鮫をり

    増子洋一警視佐藤雄太警部補さくら

    枯れきりしさくらつづくや夜の森

    奈良三彩の破片きらめく枯野かな

    川面の白鳥発ちたる白鳥呼びかはす

  • 鮭簗の針金づくりまだかからず

    春風や野良牛に打つ弛緩剤

    飛び上がりシャトル打ちたり十二月

    シャトル打ちかへすに靴の鳴つて冬

    自画像抽象青がちにして寒暮に描く

    コンビニの終日ひらく冬木かな

    津波浸水区間も刈田つづくなり

    津波押し来しテトラポットや冬日なか

8月号/澤四十句/小澤實選

  • 疎開地に春抑留の父帰る
    大木圭之介
    産休明けブラウス母乳に濡らす春
    戸田典々
    さあやるか祖父の一声草を刈る
    小日向美春
    パソコン画面我が指紋もて開く夏
    汕としこ
    牡丹雪の滲み積もりや轍中
    相子智恵
    野遊や山の陰よりキュクロプス
    押野 裕
    眼張煮ればスイと鰭立つ朝獲れぞ
    今井 恵
    絵双六道後温泉二回休ム
    木内縉太
    冷房のバスなりくしやみあちこちより
    有野志げ子
    逃げ水のかなた戦車かこちら向き
    川又憲次郎
    非正規・パート・解雇・リストラ啄木忌
    東徳門百合子
    アイヌ兵慰霊の「南北の塔」沖縄忌
    吉田邦幸
    服捨てて写真を捨てて夏迎ふ
    佐藤昭子
    たんぽぽや犬嗅ぎあへる尻の穴
    塚田見太
    神輿女子の肩座布団やキティ柄
    市川真冬
    花びら地雷散らばる丘や麦の秋
    松井宏文
    マヨネーズをぶふつと搾り切る夏日
    笠井たかし
    市ヶ谷のみどりの土手を長歩き
    鳳 佳子
    結ひにする田植植ゑなほしは一人
    小田まり
    扇風機組むなりかろき羽拭きて
    酒井拓夢
  • 配られて教科書嗅ぐよ一年生
    信太 蓬
    正座して居眠る祖母や春火鉢
    天野正子
    芋焼酎吾賊軍の裔なるぞ
    角田康輔
    草刈りの目標達成更に刈る
    篠田洋子
    五百万円の釣り二十億八百屋春
    加藤鉱物
    白シャツ結び臍だうだうと彼女来る
    矢嶌俊缶
    草刈機タンク満タン一時間
    竹岡たつ子
    雪解けて去年の骸か兎あはれ
    遠藤ちひろ
    野遊やコッヘルに淹れコピ・ルアク
    望月とし江
    マイケルジャクソン真似てつまづく夏座敷
    水谷り得子
    非常用発電機停止ぞ鮫の打ち上がる
    村越 敦
    鳥の嘴に蚯蚓両端垂れ天へ
    高野鈴子
    玉葱を切る児ゴーグルかちと嵌め
    牧原奈緒美
    利尻富士の全島裾野雪残る
    嶋田恵一
    ずすずすと砂丘越ゆれば卯波たつ
    平田雅一
    クッションカバー白にそろへて初夏の居間
    豊田・ヌー
    ティッシュボックスに句書きつけ病臥の母や春
    オオタケシゲヲ
    深海より乙姫来り髪洗ふ
    田沼和美
    シミーズに蜆とるなり疎開の子
    上村ヒナコ
    ビールの方と問はるれば挙手元気良く
    瀨戸山海月

8月号/選後独言/小澤實・昭和史を戦争を詠む

  • 疎開地に春抑留の父帰る
    大木圭之介

    疎開とは、空襲や火災などの被害を少なくするために、都会に集中している人口を分散すること。疎開地とは、分散した先の土地。学童疎開ということで、東京居住の学童が地方に行かされたわけである。抑留とは、強制的にとどめおくこと。この父がどこに抑留されていたかは知らないが、ソビエトによるシベリア抑留は有名である。
    疎開していた地にまさに春が来た、抑留されていた父が帰ってきたのだ。
    おそらく作者の体験だろうが、疎開、抑留という昭和の歴史をいろどった二語が含まれていることに驚かされた。抑留を終えた父は帰国して、当時学童だった作者の疎開先まで迎えに着てくれたのだ。春が来たことよりも、ずっと強い喜びを味わっただろうことを感じる。昭和史の貴重な資料にもなりうる一句である。

  • アイヌ兵慰霊の「南北の塔」沖縄忌
    吉田邦幸

    沖縄忌は六月二十三日。夏季の季語。第二次世界大戦の末期、沖縄では凄惨な地上戦が行われたが、この日、沖縄軍司令官が自決し、守備軍が壊滅した。この日を沖縄では慰霊の日と決め、戦没者を慰める日としている。
    南北の塔は、沖縄県糸満市真栄平にある戦没者慰霊碑、「南北之塔」という表記もある。激戦地で地域住民が三分の二も戦死したため、慰霊碑が建てられ、そこではアイヌ兵も慰霊されている。
    アイヌ兵を慰霊する「南北の塔」を思う、沖縄忌に。
    沖縄戦が、本土決戦の開始を引き伸ばすための捨て石として行われ、正規軍より一般住民の死者のほうが多い、無残な戦いだったことは知っていたが、南北の塔もアイヌ兵が沖縄で戦ったことも知らなかった。
    この塔はアイヌ兵だけのための慰霊塔ではないが、北海道から激戦地沖縄に連れてこられて戦死したアイヌの人々がいたことを、この句によって知ることができた。

  • 逃げ水のかなた戦車かこちら向き
    川又憲次郎

    逃げ水は春季の季語。春先の路上に水があるように見え、進むとその水も先に移って見える現象。
    逃げ水のかなたにあるのは戦車であろうか、砲塔をこちらに向けているように見える。
    この逃げ水のかなたにほの見えている戦車は、実在のものではないようだ。幻想なのであろうが、「こちら向き」という表現が切実。今にもこちらへと砲撃を加えてきそうだ。戦争が昭和だけのものではなく、令和の現在、すぐそこまで近づいてきている感じをみごとに表現しえている。

  • 花びら地雷散らばる丘や麦の秋
    松井宏文

    花びら地雷は、ロシアが軍事侵攻しているウクライナの前線で用いている対人地雷。十二センチほどの小型で、ロケット弾に仕込まれて、空中から広く散布される。落下して数分後に起動するが、草などにまぎれて見つかりにくく、踏んだり、握ったりすると、爆発する。これによって手足の一部を失う兵士が多いという。
    花びら地雷が散らばっている丘であるなあ、黄熟した麦畑のかなたに。
    麦の秋という季語も、小麦の世界的産地であるウクライナにふさわしい。地雷という残虐な兵器に花びらという可憐なことばがついているのが悲しい。

  • 神輿女子の肩座布団やキティ柄
    市川真冬

    キティ柄は、布にハローキティの模様が入っているもの。ハローキティは、サンリオによる猫を擬人化したキャラクターである。
    神輿を担いだ女子の肩に当てた座布団はキティ柄である。
    「神輿女子の肩座布団」の柄として、キティは意外である。ちょっとふさわしくはないとも思う。しかし、その分、この担ぎ手がこころからキティを愛している女子であり、神輿をかつぐことを自然体で楽しんでいることもわかる。新しい神輿の句、祭の句である。

  • 産休明けブラウス母乳に濡らす春
    戸田典々

    「産休明け」とは、産前産後休暇が開けて、職場に戻ることを意味する。
    産休明けである、ブラウスを母乳で濡らしてしまう、春であることよ。
    職場で、子どもに飲ますべき母乳がしたたってブラウスを濡らしている。育児休暇をとるべきではなかったか、とも考えているか。とにかく、たいへんな状況にあるが、それを母乳に濡れたブラウスという物で見せているのだ。

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