澤俳句会web

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12月号/小澤實十五句

  • 獺 祭 忌

    水汲みぬ泉に革袋沈め

    つかみ出す新玉葱ぞあさぶくろ

    やすけしよ凌霄の花散れる道

    とふたりままごとあそび凌霄花

    舌先にジュース粉末凌霄花

    巣より降りたる烏の子なり歩きけり

    烏の子巌に立つや我見下ろす

  • 俳句分類零葉掛けぬ獺祭忌

    墨筆のはこびひたすら獺祭忌

    よく学びよく食らひけり獺祭忌

    栗剝くや黒曜石の石匙もて

    栗投げ入れ網籠腰に重うなる

    複葉機ビラ撒き去るや秋の風

    火のつける太き葉巻や秋の山

    白峰を拝さず終り翁の忌

12月号/澤四十句/小澤實選

  • 新涼や錠剤パキと押し出しぬ
    笠井たかし
    爺持参の水筒は酒草相撲
    江藤鳥歩
    ブロックに乗せ室外機虫すだく
    高橋博子
    犬嗅げる霧より戻り来しわれを
    加納 燕
    安曇野を終の地とせる花野かな
    川崎榮子
    毛糸のパンツにとほす護謨紐ヘアピンもて
    中村 麻
    危絵の模写の墨磨ちちろ鳴く
    赤岩 覺
    犬の適温とて吾は着込む冷房裡
    中川ノエ
    鈴虫や幽霊飴の茶色透く
    弓緒
    に吾を愚息と父や夏帽子
    生井敏夫
    ぽろたんとふ栗の渋皮ぽろと剝け
    鈴木尚子
    敬老会をすっぽかし父ビリヤード
    牧原奈緒美
    サドル割れ黄のスポンジの灼かれゐる
    遠藤ちひろ
    ヒシギ鳴りあの世の秋となりにけり
    井上雅惠
    いくたびも新奇の風邪にかかる夏
    村越 敦
    受付で首掛け名札運動会
    佐藤ようこ
    夏の雨スベテヲ冷ヤスアリガタウ
    武田円笑
    家鼠黙つて逃がす花野かな
    中村 直
    月の浜波の名残の泡生まる
    押野 裕
    酒だけは嚙まずに済むと敬老日
    大文字明成
  • アイスキャンディー齧り食ぶなり当り出る
    有野志げ子
    花野なる翠苑笑顔先を行く
    西澤千草
    太巻パックに「新米」と赤シール
    汕としこ
    卒塔婆プリンタ書き出す梵字昼の虫
    加藤鉱物
    ビル風に日傘ばふおんとうらがへる
    兒玉猫只
    柿膾柿千切りやたねがじやま
    大塚ふみ
    天高く電気自動車ゆぅんと来
    あいのいと
    お祝いの蘭の鉢から盗聴器
    えんどうようこ
    疲れたねとパソコンに言ふ良夜なり
    坂口桃子
    新涼やいよーいよーつはつはつはつ
    白崎俊火
    猿曳の太鼓小刻み「ハッ」にバク転
    篠田じゅん子
    チベットの恋の小説小鳥来る
    下久保はる
    綿飴作りに固まるまつ毛秋の風
    清水ましろ
    買物へ杖二本つき婆残暑
    池田慶子
    ゴンドラの下は花野や五竜岳
    中田富子
    右足の護謨靴脱げる茸蹴れば
    ホンダ葉
    新涼やヴィオロンオーボエ響きあう
    伊佐木蔓
    朝風呂に浮き来西瓜の種ひとつ
    村戸俊子
    予科練歌称へ草笛覚えけり
    大林 實
    埠頭秋実習生の
    福田鉄馬

12月号/選後独言/小澤實・瞬間を截りだす

  • 新涼や錠剤パキと押し出しぬ
    笠井たかし

    「新涼」は、立秋を過ぎて、夏とは違うひとつ深い涼しさを感じること。新涼である、錠剤をパキという音とともに包装から押し出したことだよ。
    今年の夏、秋はことのほかの暑さが続いて、ぼくは「新涼」という季語を使う気にはならなかった。しかし、もちろん、この季語を使ってはいけないということではない。表現の世界は現実界とは別である。
    勉強してみると、錠剤の包装はPTPシートが一般的であるとのこと。錠剤をプラスチックとアルミのフィルムで挟むものである。プラスチックの凸部側から指で押して、アルミシートを破り、錠剤一錠を取り出すのである。掲出句の「パキ」という音は、まさにプラスチックの凸部がへこむ際の音であった。
    新涼という季語が選ばれているということは、この錠剤に作者がいい印象を抱いていることを意味する。薬のたしかな効果を実感しつつ飲んでいる感じがある。
    もちろん、この行為の後に錠剤を水とともに飲み下ろしているわけであるが、それは完全に省略してしまっている。しかし、その行為は十分にこの句からくっきりと想像できる。それよりなにより、ぼくはこの句が錠剤を押し出すその瞬間をまさにりだしていることに感動している。

  • 爺持参の水筒は酒草相撲
    江藤鳥歩

    「草相撲」は相撲の派生季語で、秋季。地方の素人の相撲の会も秋祭の頃に行われたという。爺が持参した水筒の中身は酒である、草相撲もたけなわである。
    爺の水筒は、竹筒を利用したようなシンプルで古式ゆかしきものであってほしい。最初は水が入っていると思っていたのだが、相撲が始まって、見物しつつ爺が飲み始めて、顔が赤くなったりして、中身は酒であることに気づいたのだ。草相撲を肴にするというのが、なかなかのあじわい。
    今月の鳥歩作品は水筒の連作で、多岐にわたっていて読みごたえがあった。

  • ブロックに乗せ室外機虫すだく
    高橋博子

    「室外機」は冷房にも暖房にも使用するものだから、季語にはなりえない。「虫すだく」の「すだく」は集まって鳴いていること。「虫」が秋季。ブロックに乗せて、室外機を稼働させている、あたりには秋の虫が集まって鳴いている。
    この句に感心したのは、「ブロックに乗せ」がたしかに見えていることであった。これで、室外機の存在がしっかりした。この室外機は室内の冷房のために稼働させているのだろう。この秋のいつまでも続く暑さが思い出される句である。「ブロックに乗せ」が見えているということは、昼の句、昼の虫ということになる。暑い暑い秋ではあったが、暑いうちからよく虫の声を聞いた。

  • 敬老会をすっぽかし父ビリヤード
    牧原奈緒美

    「敬老会」とは老人に敬意を示し、慰安する会である。歳時記などでは季語として認められていないが、作者は敬老の日、秋季の派生季語として扱っているのだろう。新季語の提案であるともいえる。
    父は堅苦しくまつりあげられる敬老会よりも、親しい少数の友人と気楽に楽しめるビリヤードを選んでいるわけである。自分の老を肯定したくないのかも。この父、自由で若々しい。このように詠んでいるということは、この父の娘である作者も、この選択をうべなっているわけだろう。

  • 受付で首掛け名札運動会
    佐藤ようこ

    受付で名札を首に掛けてもらって、運動会に参加する。
    地域の運動会であろうか。現代の運動会には名前の明らかではない不審者がまぎれこんではならないのである。本人であることを確認して名札を掛けることから、正式な参加となるのだ。ある意味、これも現代を描いている。

  • 家鼠黙つて逃がす花野かな
    中村 直

    鼠捕りに入ってしまった家鼠をどうしても殺すことができない、鼠の入った鼠捕りを下げて花野に来て、そこで黙って逃がしてやるのだ。家鼠が花野で生きていけるのか、どうかはわからない。でもここで逃がすしかない、という思いを「黙つて」に読み取った。

  • 朝風呂に浮き来西瓜の種ひとつ
    村戸俊子

    朝風呂に入っていたら、西瓜の種がひとつ湯の面に浮き上がって来た。いったい体のどこに着いていたのだろうか。たしかに西瓜を食べた記憶はあるが、どうにも不思議だ。

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