9月号/小澤實十五句
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冷 え し 鍵 福島巡礼三
縄文以来津波五度や小春空
浦尻びと狼までもくらひしか
ゐのししの肩甲骨や肉は削ぎ
春寒し常磐ものを青磁皿
常磐ものの鮃の身なり嚙み申す
春寒し寿司屋につまみ牛赤身
春の昼震災の句を君も詠みし
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胸も膝も厚くおはしぬ春の昼
つらなりて如来菩薩や春の雨
仏の顔擦り落としたる霞かな
杉阿弥陀堂冷えし鍵開け待ちくれたる
阿弥陀仏素木に座しぬ春の雪
こまいぬにあらず狼春雪の円錐乗せ
雪の斜面を猪の駆け上がる
猿も猿の子も振り向けり雪のなか
9月号/澤四十句/小澤實選
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- 夏空へ足場板上ぐウインチ巻き
- 笠井たかし
- 雀の糞やや蠅の形脚も出づ
- 福原桂子
- 湯の花トンネル空襲犠牲者御霊安かれ青時雨
- 石田秀子
- 感電の青大将やどさと落つ
- 左官屋宇兵衛
- 海霧わたる野よ先行くは楸邨か
- 池田瑠那
- 夫婦喧嘩を忘れブイブイ草刈りぬ
- ロフト
- 皮剝の心臓食ふや脈打てるを
- 結城あき
- 鴉にも恋の心や啼き交はす
- 水田晴子
- 草刈機の音聞こえけり四方より
- 竹村さぎり
- 物差しの穴に糸つけ鮴釣りぬ
- 岡本春水
- 野踏み来しわれらが直下夏怒濤
- 野崎海芋
- 手作りのルアー二寸よ鬼頭魚釣る
- 豊田・ヌー
- 汗の身を両手広げて風受くる
- 有野志げ子
- たれ焼きのレバーの照りや西日中
- 松井宏文
- 面布取る弔問客の額に汗
- 井沢 洋
- コイン式テレビのぷわんと消えぬ黴の宿
- 矢嶌俊缶
- ジャスミンティ唇に氷のふれてをり
- 酒井拓夢
- バーガーに蕃茄厚しよピック刺す
- 吉村たまみ
- スカートをパンツに挟みゴム段夏
- 市川真冬
- 貸ボート転職を二度して二十歳
- 橋 郵夏
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- 東京も我がふるさとぞ蟇
- 渡邉文雄
- 鹿の子の斑ましろやぴぎと鳴く
- 兒玉猫只
- テニスコートチェンジや一口ゼリー吸ひ
- 瀧 沢子
- バイク一台に四人家族や子は跣
- 中山あい
- 期日前投票済ませデートやあつぱつぱ
- 鈴木桃子
- 野遊びの草がパンツの中までも
- 信太 蓬
- 野遊びの茣蓙に胡座や授乳せる
- 遠藤ちひろ
- 梅酒古酒古古酒唎酒古古酒勝つ
- 篠田じゅん子
- 画家作る額縁涼し虫穴刻み
- 高橋博子
- 「ここにもある」と吾の後より蕨摘む
- 丸田紫苑
- 飯粒を放り返しぬ蟻地獄
- 山口土器
- サングラスフェイスカバーし顔見えず
- 小倉千真理
- 夕立中わがをる塔も隣る塔も
- 町田無鹿
- ひきがへる吾も毒親かも知れず
- 森山くるみ
- 水叩く音に噴水をはりけり
- 加納 燕
- 喜雨待てど警報級の大雨とは
- 杉野正恵
- 百二歳の兄の招待鰻食ぶ
- 村戸俊子
- 梅雨明けて暴力的な空の青
- 坂口桃子
- 虚子泊まる酒蔵裏の庵涼し
- 角田康輔
- 曝す書に芋銭河童の喜悦かな
- 酒井 徹
9月号/選後独言/小澤實・労働を作業を詠む
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- 夏空へ足場板上ぐウインチ巻き
- 笠井たかし
足場板は、高い所で行う作業現場などで、人が歩くために足場に渡される板。ウインチは、ワイヤーロープや鎖を円筒形の巻き胴に巻き取って、重量物を巻き上げたりする機械。
夏の空へ向かって、足場の板を上げている、ウインチを巻いて。
工事現場の足場板を組もうとする作業をしっかりと描写している。作者自身がこの作業とどう関わっているのか、ぼくは知らないが、五句の連作を通して、この作業を深く描きとっているところに感心した。
掲出句は「夏空へ」から始めたのが、みごと。まぶしい青空が見えて、未来への希望までが感じられたのだ。 -
- 雀の糞やや蠅の形脚も出づ
- 福原桂子
雀の糞である、ほぼ蠅の形をしている、脚も出ている。
「雀の糞」と表現していることは、雀が排泄したのを目撃したのであろう。そこにまだまだ未消化の蠅を発見したというわけだ。食べられて命を失った蠅もあわれだし、蠅を食べてもほぼ消化することがかなわなかった雀もあわれである。 -
- 湯の花トンネル空襲犠牲者御霊安かれ青時雨
- 石田秀子
「湯の花トンネル空襲」は第二次大戦末期、昭和二十年八月五日正午過ぎ、東京都南多摩郡浅川町(現在の八王子市裏高尾町)の中央本線湯の花トンネルで、アメリカ軍の戦闘機複数機が満員状態の列車に機銃掃射を加え、多数の死傷者が発生した事件である。死者五十名以上、負傷者百三十名以上の大惨事であった。「青時雨」は、雨とは関係なく、青葉から落ちる水滴である。
湯の花トンネル空襲での犠牲者の御霊よ安らかであれ、と祈っている、青時雨を浴びつつ。
このような空襲があったことをぼくは知らなかった。「湯の花トンネル」というのどかなトンネルの名と空襲被害のひどさとの落差がたまらない。 -
- 草刈機の音聞こえけり四方より
- 竹村さぎり
草刈機の音が聞こえたことだよ、四方向から。
「四方より」が大仰かもしれない、とも思ったが、長雨が続いた後、きっぱりと晴れた朝ならば、そういうこともありうるとも思った。 -
- たれ焼きのレバーの照りや西日中
- 松井宏文
たれ焼きのレバーが照っていることだなあ、西日の日差しの中で。
焼き鳥は冬季の季語だったが、こちらは豚の内蔵を焼いたものだろう。豚の内蔵を焼いたものも、冬季になるだろうが、この句の場合は、西日を季語に用いている。
焼き鳥ではレバーが好きで、レバーは塩焼きに限ると公言してきたが、年齢を重ねるにつれて、たれ焼きの味わいも理解できるようになってきた。十年前のすこし若いぼくだったら、この句はとれなかったかもしれない。
この句、レバーの「照り」がたまらない。たれ焼きのレバーの質感をみごとに捉えている。窓から強い西日が差し込んできていて、その反照にもなっているのだ。 -
- 面布取る弔問客の額に汗
- 井沢 洋
「面布」は死者の顔にかけられた布である。
死者の顔にかけられた布をとって対面している弔問客の額に汗が浮かんでいる。
「汗」は単なる暑さによるものではないだろう。弔問客の緊張感を示すものであるかもしれない。死者の額には汗はありえない。死と生とをきわだたせるものかもしれない。 -
- ジャスミンティ唇に氷のふれてをり
- 酒井拓夢
ジャスミンティを飲んでいる、唇に氷が触れているのだ。
ジャスミンティとだけいえば、ホットだろうが、この句の場合、氷が出てくるので、アイスということになる。唇と氷の接触という繊細な触覚がたしかに捉えられている。
「ジャスミンティ」という独特な香りを楽しむ飲み物が、生かされているのをそこに感じるのだ。 -
- 貸ボート転職を二度して二十歳
- 橋 郵夏
貸ボートに乗っている、転職を二度経験して二十歳だ。
若いが、仕事をして生きていく辛さは知っている。しかし、この瞬間は、ボートを漕ぐことだけを楽しんでいる。
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