2月号/小澤實十五句
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有 明 山
有明山の低山なれど淑気たしか
ずんぐりと初有明山になりにけり
天之手力男神投げたる岩戸初明り
鍬始有明山に掌を合はせけり
西行がこころ細野や小松引く
常念岳の空より羽根や打ちにける
安曇野の黍餠微光なすを焼く
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搗きたての餠をだいこんまぶしかな
馬の埴輪頭部のみなり初日差す
騎初や埴輪の馬の寄り目なる
去年今年珠洲の温泉宿の湯船にあり
木の蓋の重きをのけつ初湯殿
初鶏や出湯祀れる屋敷神
元朝や両頰両の掌もて打つ
年酒また常温がよししましふふむ
2月号/澤四十句/小澤實選
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- 年酒くむ父我えらびたるネクタイ締め
- 小澤たえみ
- 因幡の白兎役は我なり神無月
- 児玉史湖
- 缶と瓶仕分けの音す神の留守
- 長澤庸子
- 火恋し生家に太き梁在れば
- 大文字明成
- ストーブ列車ストーブ横の小さき書架
- 町田無鹿
- 隣席に冷気とともに来て座る
- 田沼和美
- ワルシャワの原野の焚火地図学会了へ
- 吉田邦幸
- 海面に浮きて鮟鱇海鳥呑む
- 新井 寛
- 平飼ひ寒卵ピンク帯びしよ押し戴く
- 中村園子
- 水洟や十字レンチにタイヤ締む
- 笠井たかし
- 稽古納め一人三枚舞台拭く
- 仲 白良
- ずわい蟹せせり啖ふ時品格なぞ
- 塚田見太
- 飼育器に飼ふ蟇二匹冬眠せず
- 高橋まさお
- 豚鳴くや妊娠ストールの寒夜
- えんどうようこ
- 今川焼カスタードなら明日は吉
- 西村 理
- 離婚には気力体力神の留守
- 竹村さぎり
- 「大好き」と云うて吾を蹴る子や小春
- 金澤諒和
- デイサービスに唄ふセーター八十路爺
- 川邊 満
- 命綱に注連縄替へや那智の滝
- 井上雅惠
- 磁気嵐の夜のオーロラ新酒酌む
- 加納 燕
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- 「ほんたうの友はをらん」と風邪の父
- 金井登子
- 生も死も寿ぐばかり八十路春
- 雨宮昭一
- 疾き川の一点に鮎とどまれり
- 宮田浩史
- ホットココア啜る生クリームの渦たわめ
- 中川ノエ
- 無花果をネアンデルタール人も喰ふたか
- 藤田衣谷
- 市職員千人動員登校見守り十二月
- 武田円笑
- 電卓を打ちつつ嚏眼はそらさず
- 藤原琴音
- 神の留守妻に内緒の通話せり
- 相澤照子
- 朴落葉をぐらき水を湛へたる
- 山本肯三
- 百鬼夜行に小鬼踊りぬ寒の月
- 深井十日
- 新酒酌む一枚板のカウンター
- 野口桐花
- 小春日や運動靴に弾くピアノ
- 相沢佳子
- 丁寧にはづす烏賊墨袋パスタ用
- 汐見寿美恵
- スリッパでごきぶり必殺お母さん
- 本郷 澄
- 開戦日どすんと寒くなりにけり
- 坂口桃子
- 鰹節の餌付けに猫や帰り花
- ホンダ葉
- コンビニの焼芋匂う外にまで
- 小林恵子
- 先生の机に葉付き大根かな
- 星野れい子
- 良日や鯥こつくりと煮上がりし
- 中村朋子
- 猫拾ひ譲渡会待つ秋の午後
- 池田妙子
2月号/選後独言/小澤實・家族との関係性を詠む
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- 年酒くむ父我えらびたるネクタイ締め
- 小澤たえみ
新年の酒を飲んでいる父である、わたしが吟味して選んで贈ったネクタイを締めている。
新年、家族で初めて会う際に父があらたまって正装している。スーツにネクタイを締めているが、そのネクタイが、かつて「我」がプレゼントしたものだったというわけだ。ネクタイという「もの」によって、父が抱いている「我」へのたしかな敬意が伝わるのがいい。 -
- 因幡の白兎役は我なり神無月
- 児玉史湖
因幡の白兎の役はわたしがつとめた、ちょうど神無月、旧暦十月であった。
因幡は、現在の鳥取県東部。因幡の白兎は、「古事記」に見える出雲神話。兎が隠岐国から因幡国に渡るために、わにざめをあざむいて、海上に並ばせる。兎はその上を渡っていくが、最後のわにざめに悟られて皮を剝がれる。大国主神の兄八十神の教えで潮を浴びて苦しむが、大国主神に救われて、恩返しをする。
出雲神話をもとにした劇に「因幡の白兎の役」として出演したのだろう。おそらく幼児の頃であったか。白兎の皮が剝かれる際の衣装替えが、見せ場であったと想像される。神無月は国中の神々が、出雲に集まると伝えられている月、この月にちなんで、出雲に関わる劇が上演されたのだろう。 -
- 缶と瓶仕分けの音す神の留守
- 長澤庸子
缶と瓶とを仕分けをする音が聞こえる、ちょうど神の留守の頃である。
金属が触れ合う高い音とガラスが触れ合うやや低い音とが、よく聞こえてくる。「神の留守」という季語に感じる空虚感とよく響きあっている。
「瓶と缶」ではなくて、「缶と瓶」でよかった。上五冒頭の「缶」と下五冒頭の「神」とがよく響き合っている。 -
- 火恋し生家に太き梁在れば
- 大文字明成
火の気が恋しくなってくる、わたしが生まれた家には太い梁があるので。
「火恋し」と「生家に太き梁在れば」との間には、直接関係はない。だからこそ、そこに詩が生まれている。ただ、太い梁が渡されている古民家の大きな空間は、暖気がゆきわたらず、寒々しいだろうことも想像できて、句に奥行きを感じさせているのだ。
軽薄な句ばかり作っていた作者がかかる本格的な句を作るようになったか、といささかしみじみとした。これも長く句作を続けたことによる果報である。 -
- 飼育器に飼ふ蟇二匹冬眠せず
- 高橋まさお
飼育器に飼っている蟇二匹である、野外で暮らす蟇とは違って、冬眠しようともしない。
室内の温度の高さによって、冬眠することのかなわない蟇はあわれである。「蟇」と「冬眠」がともに季語であるが、「冬眠」が主季語となっている。否定形の季語は不可とされることが多いが、この句の場合は例外的に生きた。人間の利便を追い求める生活が、自然から遠ざからせている事実を際立たせることになっている。 -
- 豚鳴くや妊娠ストールの寒夜
- えんどうようこ
妊娠ストールとは、妊娠した母豚を入れておく檻のことである。母豚の受胎の確認や給餌管理がしやすいということで使われることが多い。ただ、豚は振り向くこともできない無理をさせることから、使用を禁止されている国も多い。
豚が鳴いているなあ、妊娠ストールの寒夜である。
たしかに妊娠ストールという存在は、豚にとってつらい。この鳴いている豚は、その存在を告発しているかのようだ。作者はこの句によって、妊娠ストールという存在を知らせ、この世から追放しようとしているのだろう。
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