7月号/小澤實十五句
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大 岩 福島巡礼一
巨石に冬苔天狗降りたる足跡あり
朴落葉大岩割つて去りしもの
徒歩自転車許されぬ道ふゆつばき
すれちがふは除去土壌運搬車のみ雪催
凩に潮浴びのこゑひびきけり
海の家の屋根のさんかく鋭角にして蛻
凩に帰還困難区域立入禁止表示踏む
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津波とどきしかぎり枯野となりそのまま
枯野なり建つは震災遺構のみ
枯草の穂をしごくなり折らずして
請戸小学校一階津波がとほり北風も
霊園の枯芝永遠に刈るなりロボットは
冬の鳥墓標のことごとく低し
鱏つかみたりゴム手袋の女の手
大バケツに鮃移すや船なる生簀より
7月号/澤四十句/小澤實選
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- パチンコ屋の募菓子箱へ菓子白シャツは
- 小澤たえみ
- 五年内に起業しますと新社員
- 小川秀樹
- 春風や両開きして長屋門
- 鍋山紀子
- 朝食にビーフステーキ女形春
- 高橋博子
- 行く春や夢中謡を暗唱じる
- 仲 白良
- 視力検査ミギ・ウヘ・ヒダリ見えません春
- 宮崎玲子
- 早乙女もオーバーオールゴム長に
- 近藤信男
- 眉墨を指にぼかせるうららかな
- 佐藤涼子
- えんこのバス客降り押すや春の山
- 松本孝子
- 遺されて独りの自由柳の芽
- 野口桐花
- のどけしや足爪切るに腹がじやま
- 長谷川照子
- 刑務所内中学校桐分校や卒業す
- 周藤迪之相
- 生きとつてくれたらええわ葛饅頭
- 下久保はる
- ぼろんぼろんと百合散るは世を惓んで
- あいのいと
- 蕗剝きし黒き親指信子読む
- 千葉典子
- 不器用に泳ぐ金魚に課長の名
- 西村 理
- スクリューキャップのチリワインもて春惜しむ
- 前島康樹
- 新緑や山深ければ毛穴開き
- 白崎俊火
- 父買ひ来素麺流し機薬味入れ付き
- 矢嶌俊缶
- メーデーや肩ぐるまなる子の万歳
- 丸田紫苑
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- フェリー待つわかめうどんに七味ふり
- 野崎海芋
- 軍服の胸に血液型や冴返る
- 髙橋美穂子
- でたらめなルンバを君と月朧
- 中山あい
- オンライン面談七回目なる薄暑かな
- 田中加代
- 雪踏や途中に雪の椅子つくる
- 遠藤ちひろ
- 急かされてゐる遠足の最後尾
- 佐藤昭子
- 人減りて螢増えゆく谷に風
- 半田羽吟
- 腕捲りに車を洗ふ五月かな
- 山口土器
- 草を抜き防草砂利を敷きにけり
- 仲摩曜子
- 水面に河馬の眼のある遅日かな
- 新村秀人
- ぶんや吾を父嘆きしと聞ける夏
- 妹尾題弘
- 初夏やシテ踏み下ろす足拍子
- 吉村たまみ
- 三色を撚りて鈴紐春隣
- 新澤 岳
- 青鷺は泥のみみずを濯ぎ食ぶ
- 八木橋やえ子
- 迷惑顔の猫に孫等来春休み
- ロフト
- 耳澄ますハケの地層の滴りに
- 渡邉文雄
- 梅雨明けて味噌と醤油の匂ふ国
- 鈴木弥佐士
- バーのママきつねがほなり鉄線花
- はつねらん
- 粘り良きトルコアイスやびよんと伸ぶ
- 荒井さくら
- 知覧より新茶届くや即淹るる
- 古関敏子
7月号/選後独言/小澤實・社会の現実に向き合う
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- パチンコ屋の募菓子箱へ菓子白シャツは
- 小澤たえみ
「募金箱」はよく目にするが、「募菓子箱」なることばは初めて見た。それで句会の際に作者に聞くと、現金を募るのは募金箱だが、ここではパチンコの景品の菓子をこの箱に入れてもらい、不幸なこどもたちに贈るのだという。実際にパチンコ屋の店内を訪れて取材してきたという。
パチンコ屋の募菓子箱へ景品の菓子を入れている、白シャツを着た人は。
「募菓子箱」なることばはまったく熟していないが、そこに作者が反応しているのがおもしろい。もちろん、初めてそのことばを取り上げた俳句になろう。パチンコ屋も利益を追求するばかりでなく、慈善事業をしようという姿勢を見せているわけである。社会の現実に対して目を向けている姿勢を感じた。貴重であると思う。 -
- 五年内に起業しますと新社員
- 小川秀樹
むつかしい就職試験に合格して得た新社員の資格であるが、五年間、この会社で学ぶべきことは学んだ上で、退社して起業する予定であるというのだ。生涯一企業というような勤め方が、かなわなくなった現代ではあるが、ここまで、自分の将来の計画をしっかりと立てている若者がいることに驚く。それもはっきりと上司に告げているらしいことにも驚く。
新社員という季語も類想表現になりやすい季語であるが、類想を突き抜けている。この新社員が自分の計画通りに生きられるのか、見たい気持ちにもさせる。 -
- えんこのバス客降り押すや春の山
- 松本孝子
「えんこ」は幼児語で、すわること。この場合は、そこから転じて、乗り物が故障して途中で動かなくなることを意味する。
故障して動かなくなったバスを客が降りて押して動かそうとしていることだよ、春の山の中で。
この句は現代のバスではあるまい。現代のバスは簡単に動かなくなったりしない。バスのえんこに慣れているからこそ、乗っていた客はとっさに降りて押すことができているのだ。昭和のバスであろう。「えんこ」ということばにも懐しさをを感じる。このバスはふたたび動きだすことができたかどうかはわからない。この句のなかで乗客たちは永遠に押し続けているのだ。春の山がいかにものどか。 -
- ぼろんぼろんと百合散るは世を惓んで
- あいのいと
「世」の意味は、この場合「世の中」か。「惓む」はいやになる、あきるの意。
ぼろんぼろんと百合が散るのは、世の中をいやになってのことで。
「世を惓んで」は作者自身の感慨が重ねられているのであろう。百合の花と自分自身とが重ねられているのだ。「ぼろんぼろんと」という擬音語が出色。花びらの重い、百合の花の散り方を捉えたものになっている。 -
- 蕗剝きし黒き親指信子読む
- 千葉典子
蕗を剝いてそのあくで染まった黒い親指を使ってページをめくり、桂信子の句集を読んでいる。
桂信子特集のための一句鑑賞を書くために、信子句集を読んでいるのだろう。蕗を剝く、という生活と、信子句集を読むという行為とが直接つながっているのが、すばらしい。
信子全句集を開いたら、「蕗」の句が一句だけあった。「奈良格子の奥に蕗煮る匂ひかな 信子」。 -
- 不器用に泳ぐ金魚に課長の名
- 西村 理
不器用に泳いでいる金魚に課長の名をつけて、呼んでみた。
不器用に泳ぐ金魚を憎んでいるはずもなく、愛情を感じてもいるのだろう。ということは、その金魚にその名をつけた課長にも愛を感じているのだろう。ちょっと複雑な愛をこの句に感じた。 -
- スクリューキャップのチリワインもて春惜しむ
- 前島康樹
スクリューキャップを開けてチリワインを楽しみ、春を惜しんでいる。
「スクリューキャップ」は、コルクのものとは違って、気楽に失敗なく開けられるので、ありがたい。キャップを開ける時の触感もこの句の魅力になっている。フランスのボルドーなど高級な産地でなく、チリという産地の気楽さもうれしい。たかぶらない、ふだん着の春惜しむが書きとめられた。
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